大判例

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大阪高等裁判所 平成10年(ネ)1603号 判決

ベルギー国

二三四〇ビールセ・トウルンホウト・セバーン三〇

控訴人(原告)

ジャンセン・ファーマシューチカ・ナームローゼ・フェンノートシャップ

右代表者

アジット シェティ

右訴訟代理人弁護士

品川澄雄

(被控訴人大正薬品工業株式会社に対する関係を除く)

吉利靖雄

滝井朋子

右訴訟代理人弁護士

堀裕

(被控訴人大正薬品工業株式会社に対する関係のみ)

大阪市淀川区西中島五丁目一三番九号

被控訴人(被告)

共和薬品工業株式会社

右代表者代表取締役

杉浦好昭

大阪市旭区赤川一丁目四番二五号

被控訴人(被告)

沢井製薬株式会社

右代表者代表取締役

澤井弘行

大阪府池田市豊島北一丁目一六番一号

被控訴人(被告)

鶴原製薬株式会社

右代表者代表取締役

鶴原三郎

大阪市西区北堀江一丁目一番一八号

被控訴人(被告)

帝国化学産業株式会社

右代表者代表取締役

長瀬英男

大阪市中央区道修町二丁目二番七号

被控訴人(被告)

菱山製薬株式会社

右代表者代表取締役

生地義明

滋賀県甲賀郡甲賀町大字大原市場三番地

被控訴人(被告)

大正薬品工業株式会社

右代表者代表取締役

増井謙治

徳島市国府町府中九二番地

被控訴人(被告)

長生堂製薬株式会社

右代表者代表取締役

播磨久明

右七名訴訟代理人弁護士

田倉整

辰巳和男

内藤義三

右補佐人弁理士

高田修治

大阪府門真市新橋町二番一一号

被控訴人(被告)

東和薬品株式会社

右代表者代表取締役

〓田逸郎

右訴訟代理人弁護士

花岡巖

新保克芳

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らは、原判決別紙物件目録記載の物件(以下「ドンペリドン」という。)を有効成分とする医薬品(以下「被告ら製剤」という。)を製造し、該医薬品を販売してはならない。

三  被控訴人らは、被控訴人らの所有するドンペリドン及び被告ら製剤を廃棄せよ。

四  被控訴人らは、薬事法に基づく被告ら製剤に対する製造承認につき厚生大臣に対し製造承認の整理届を提出せよ。

五  被控訴人らは、前項の被告ら製剤について、厚生大臣に対し健康保険法に基づく薬価基準収載の削除願を提出せよ。

六  被控訴人らは、控訴人に対し、被控訴人らが被告ら製剤について厚生大臣の製造承認を得るために同製剤を用いて行った試験のデータ及びその他の資料を返還せよ。

七  (当審における請求の追加)

控訴人に対し、

1  被控訴人共和薬品工業株式会社は二二〇万円

2  被控訴人沢井製薬株式会社は六〇万円

3  被控訴人鶴原製薬株式会社は六九万円

4  被控訴人帝国化学産業株式会社は四八〇万円

5  被控訴人菱山製薬株式会社は一三四万円

6  被控訴人大正薬品工業株式会社は六二四万円

7  被控訴人長生堂製薬株式会社は四四三万円

及びこれらに対する各平成一〇年八月五日から完済まで

8  被控訴人東和薬品株式会社は三二八六万円及びこれに対する平成一〇年八月六日から完済まで

いずれも年五分の割合による金員を支払え。

八  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。

九  仮執行宣言(二ないし八項につき)

第二  事案の概要

(以下、控訴人を「原告」・被控訴人を「被告」という。)

本件は、原告の有していた特許物質(ドンペリドン)の特許権存続期間中に、被告らがドンペリドンを有効成分とする後発医薬品(被告ら製剤)を製造し、これを使用して薬事法の製造承認申請に必要な各種試験を行ったことが特許権の侵害にあたるとして、特許権(ないしは取引社会の公正な法秩序)あるいは不当利得返還請求権(独占的利益の侵害)に基づき、(ア)被告ら製剤の製造販売差止と廃棄、(イ)被告ら製剤の製造承認の整理届提出、(ウ)薬価基準収載の削除願の提出、及び(エ)各種試験データその他の資料の返還を求め、当審において、(オ)特許権侵害による損害賠償を追加して求めた事案である。

なお、被告東和薬品株式会社(以下「被告東和薬品」という。)を除く被告ら(以下「被告共和薬品ら」という。)の本案前の抗弁に対する判断は、原判決八頁一〇行目から同九頁六行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

一  基礎となる事実

原判決九頁七行目から同一六頁六行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

二  争点

1  薬事法に基づく製造承認申請に必要な資料を調える目的で、本件特許権の存続期間中にドンペリドンを有効成分とする被告ら製剤を製造し、これを用いて各種試験を行ったことが本件特許権を侵害するか。

被告らの右行為は特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」として許されるか。

2  本件特許権の存続期間満了後に、本件特許権(ないしは取引社会の公正な法秩序)あるいは不当利得返還請求権(独占的利益の侵害)に基づき、被告ら製剤の製造販売の差止と廃棄、製造承認の整理届提出、薬価基準収載の削除願の提出等を請求することができるか。

3  本件特許権侵害による損害賠償請求の可否

第三  争点に関する当事者の主張

次に付加する他は、原判決事実及び理由中の「第三 争点に関する当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原告の補充主張

1  後発医薬品の製造承認申請のための薬事法上の試験は特許法六九条一項の「試験又は研究」に該当しない。

(一) 特許制度は、新規開発技術を開示する対価として一定期間その独占を約束する制度である。すなわち、特許制度は、新たな技術開発が社会経済全体の産業にとって極めて重要であるとの価値評価を前提とし、技術というものがその一歩手前に位置する技術を基礎として進歩する性質を有することに鑑み、新たに開発された進歩的有用技術を可及的早期に社会に開示させるために、その開示者に対して一定の限定された期間内はその開発技術に対する独占の保障を対価として与えるというものである。

その特許制度の根幹である技術独占を例外的に破棄するのが特許法六九条一項の「試験又は研究」である。したがって、特許権の対象である技術を勝手に第三者が使うことが許されるのは、その第三者による無断の発明実施行為が社会全体から見てなお一層の技術の進歩に役立つこと、少なくともその方向を目指していると評価できることが必須であり、これが「試験又は研究」と評価される行為である。

右のように、特許法が認める「試験又は研究」とは、少なくとも技術を次の段階に進歩せしめることを目的とするものでなければならないが、この目的はその実施行為の外形から判断されることが必要であり、これをもって十分であるというべきで、主観的な内心の意思によって左右されるものではない。

(二) 特許制度も一国の全体的法制度の中に位置している以上、公益と無縁ではないが、特許制度に関わる公益がどのようなものであるかは、この制度が設けられた趣旨に照らして検討すべきである。特許制度が一定期間内に限って特許発明の実施に当たる行為を第三者に禁じているのは、これを制限してもなお守るべき他の公益が存すると評価したことによる。特許制度上はこれが第一の公益と評価されるべきであって、特許法以外の法域における公益と特許法の要求する右の公益とが衝突する場合には、両公益が両立しうる範囲で解決がなされなければならない。

この観点からは、例えば国民の健康を守るという薬事法上の公益に基づく後発医薬品の試験は特許権の存続期間経過後になされるべきこととすれば、両公益は完全に整合して両立しうるのである。ことに特許法は、特に公益を重視して特許権を制限すべき場合には明文中にその旨を明記している(例えば特許法九三条)のであって、軽々に薬事法などの法益上の公益を理由として当然に特許権を制限することは許されない。

(三) 後発医薬品とは、先発医薬品と同一の有効成分を同一量含む同一剤形の製剤で、かつ、先発医薬品と用法用量が同一の医薬品をいう。そこで、薬事法上、後発医薬品の製造承認申請に際して必要とされる資料は、(1)後発医薬品の規格および試験方法に関する資料、(2)後発医薬品の流通期間中における品質の安定性を短期間で推定する目的で実施される「加速試験」に係る資料 (3)後発医薬品が先発医薬品と生物学的に同等であることを証明する目的で実施される「生物学的同等性試験」とに係る資料、のわずか三件が求められているのみである。

そして、先発医薬品の製造承認申請の場合に必要とされる当該医薬品の有効成分の毒性・薬理作用・吸収・分布・代謝・排泄および臨床試験等、安全性と有効性に関する種々の試験に関する資料については、先発医薬品会社が製造承認申請をするために実施した当該試験結果の文献等を利用して作成した資料を添付することで事足りるとされている。即ち、後発医薬品会社は、後発医薬品について、医薬品として使用するために必要なデータの大部分を、先発医薬品がその製造承認申請のために多くの時間と多額の費用とをかけ多大な努力の結果集積された種々の試験結果のデータに依存しており、先発医薬品と実質的に同一であるという資料を提出しさえすればよいのである。換言すれば、後発医薬品は、先発医薬品と差異があれば、最早、後発医薬品と認められず、先発医薬品の場合に求められる全ての試験を改めて要求されることになる。それゆえに、後発医薬品の製造承認申請に際して実施される、先発医薬品と同一であることを明らかにするための試験は当該試験の目的・性質から、技術を次の段階に進歩せしめるといったような科学技術の進歩に資する試験でないことは明らかである。

2  特許権侵害結果の排除

本件請求は、特許権が保護される期間を明文の規定もなく延長することを求めたり、特許権存続期間が満了した後にも特許発明が保護されるべきことを求めているのでは決してない。いうまでもなく、本件特許権存続期間満了後には、被告らに限らず何人も本件特許発明の物を生産し又は輸入し、これを使用し又は譲渡することなどその実施をなすことは一切自由である。本件請求は、そのような不合理なことを求めているのではなくて、ひとえに、特許権存続期間中の特許権侵害行為の不正な結果の是正を求めているものである。すなわち、本件の実態は、特許権存続期間中に特許権者の目を盗んでこの特許権侵害をその権利満了日の少なくとも二七ヶ月前から密かに行い、その存続期間が満了するや開き直ってその侵害の結果による経済的成果を、あたかも正当なものであるかのように取得しようとする、特許権存続期間中の特許権侵害に基づく経済的成果を排除すべきことを請求しているものである。

この請求を法律的に構成すると、特許権者にはその特許権存続期間中の特許権侵害行為に起因して、その侵害行為がなく法が正しく遵守されていればその侵害者が取得することができず、その結果特許権者に帰属することになる法的利益が妨害される場合には、右侵害に起因する妨害が継続している限度で、その特許権に基づく妨害排除請求権としてその排除が認められるべきであると主張しているのである。

特許権侵害に基づく不当な利益取得は許さないとする結論は、ヨーロッパ司法裁判所やヨーロッパ委員会において承認され、したがってまた、ドイツ連邦最高裁判所、更に、オランダの裁判所等、EU構成諸国においても採用されているのである。これが正に、新規技術の開発者に認められる特許権という有期限の権利を完全に承認する文明国の正義というべきである。

二  当審における原告の追加請求(本件特許権侵害による損害賠償)

1  本件特許権は昭和五一年七月一九日に出願され、平成八年七月一九日まで存続した。

2  被告らは、本件特許権の存続期間中に、ドンペリドンを有効成分とする被告ら製剤を製造し、これにつき薬事法の製造承認を得るための各種試験を行い、もって、本件特許発明を実施して本件特許権を侵害した。

3  被告らの侵害行為により原告の被った損害は次のとおりである。

(一) 特許期間中の損害

(1) 被告ら製剤(一〇mg)について製造承認を受けるには、試験用製剤の処方検討用にドンペリドン原末二〇〇〇g(製剤八七〇〇錠)、製剤製造用に同原末六〇〇〇g(製剤五万二五〇〇錠)を要し、少なくとも規格試験用に一六八錠、加速試験用に三六〇〇錠、生物学的同等性試験用に二六錠を使用するので、本件特許権の存続期間中に被告らが使用した被告ら製剤の量は各々五万二五〇〇錠を下らない。

また、長生堂製薬が使用したドンペリドン製剤(五mg錠)の量は五万二五〇〇錠を下らない。さらに、帝国化学産業が使用したドンペリドンドライシロップ(一%一g)の量は六〇〇〇gを下らない。

(2) 本件特許権存続期間中の薬価基準は一〇mg錠が単価五八円・五mg錠が単価二九円・ドライシロップが九二円であったから、一〇mg錠五万二五〇〇錠が三〇四万五〇〇〇円・五mg錠五万二五〇〇錠が一五二万二五〇〇円・ドライシロップ六〇〇〇gが五五万二〇〇〇円に相当する。

(3) 本件特許権の実施料は薬価基準の二〇%を下らないから、特許期間満了日までに原告が被った損害は、被告共和薬品工業、同沢井製薬、同鶴原製薬、同菱山製薬、同大正薬品工業および同東和薬品についてはいずれも六〇万円を、被告長生堂製薬については九一万円を、被告帝国化学産業については七一万円を下らない。

計算式 販売量×薬価基準×実施料=損害額

(二) 特許期間満了後二七ヶ月間の損害

被告共和薬品工業が本件特許権の存続期間満了後平成一〇年四月三〇日までの間に販売した被告ら製剤は、薬価基準に換算すると八〇二万円となり、実施料率二〇%を乗じると一六〇万円となる。

被告鶴原製薬が右期間に販売した被告ら製剤は、薬価基準に換算すると四五万円となり、実施料率二〇%を乗じると九万円となる。

被告帝国化学産業が右期間に販売した被告ら製剤は、薬価基準に換算すると一〇mg錠で一七九九万円・ドライシロップで二四七万円の計二〇四六万円となり、実施料率二〇%を乗じると四〇九万円となる。

被告菱山製薬が右期間に販売した被告ら製剤は、薬価基準に換算すると三七一万円となり、実施料率二〇%を乗じると七四万円となる。

被告大正薬品工業が右期間に販売した被告ら製剤は、薬価基準に換算すると二八二三万円となり、実施料率二〇%を乗じると五六四万円となる。

被告長生堂製薬が右期間に販売した被告ら製剤は、薬価基準に換算すると五mg錠で五八万円・一〇mg錠で一七〇二万円の計一七六〇万円となり、実施料率二〇%を乗じると三五二万円となる。

被告東和薬品が右期間に販売した被告ら製剤は、薬価基準に換算すると一億六一二九万円となり、実施料率二〇%を乗じると三二二六万円となる。

三  被告共和薬品らの補充主張

1  被告らが被告ら製剤について薬事法の製造承認申請に必要な各種試験を行ったことは、特許法六九条の「試験又は研究」に該当し、本件特許権を侵害するものではない。

(一) 特許法六九条一項が「試験又は研究」を特許権の侵害行為から除外したのは、一方で「試験又は研究」自体では権利者に実害が生じないこと、他方で科学技術の進歩等に寄与し得ることがあることを期待したからである。

そこで、どの程度の寄与が必要か、また、その結果も要求されるか否かが問題になるが、寄与の結果をその試験自体から直接新発見がなされたことを具体的に要求し、かつ、寄与の程度も特許として登録が認められる程度の高度なものでなければならないとすれば、侵害の成否は、「試験または研究」の成果が出てはじめて決まることになり、それが不合理であることは論を持たない。

従来知られていなかった新薬を開発するのも科学技術の進歩であるが、従来知られていた薬品についてさらに安全性をチェックすること、特に新たな製造手段で製造した場合のそれをチェックすることは、科学技術の進歩に寄与するものである。すなわち、人間の生命、健康に対する寄与という点では、前者は技術的に高度な試験研究であるが故に重要であるが、後者はそれに創意工夫を加えた試験研究であるが故に重要ではないということは言えない筈だからである。医薬品において科学技術の進歩への寄与ということは、人間の生命・健康に対する寄与に他ならないが、技術的に高度な試験研究であるか否かによって差別をしてはならず、創意工夫のための試験研究もともに有意義なものとして同じく重視しなければならない。

(二) 医薬品は主成分の化学的な同一性だけで「安定性、均一性」が保たれるものではない。すなわち、たとえ先発医薬品と主成分の化学的な同一性がある医薬品であっても、副成分が異なり製造方法が異なれば、当然「安定性、均一性」も異なってくるため、後発医薬品においてはそれらも先発医薬品より劣らないよう工夫しているのである。目的物の効果が同一でも、異なった製造方法、異なった副成分を使用して製造できるということは、それなりに科学技術上意義のあることである。

科学技術への貢献とは、具体的な結果によってではなく、「試験又は研究」の内容・性質によって決めるべきであり、当該特許発明のさらなる改良を目的としなくとも、広い意味で科学技術の進歩に貢献するものであればよい。試験研究の結果が予測できるといういわゆる予測可能性のあることも、科学技術への貢献を否定する理由とはなり得ない。一〇〇万回行っても一〇〇万回とも同じ結果でなければならないことを要求される試験では、一回ごとの予測の確率は問題とならないからである。特に医薬品のように人命にかかわる高度の安全性が要求される場合には、結果が九九%このようになるだろうと予測される場合でも、それが現実には残る一%ではないことを確認するための試験が要求されるのである。

右貢献を考える場合に最も重視すべき点は、安全性の再確認ということとその意義である。

(ア)ある物質がある症状に有効であることを試験で確認すること、(イ)その物質がある条件で副作用を発生させることを試験で確認すること、(ウ)ある物質が右副作用を発生させないこと、ないしはその物質を用いて副作用を発生させない方法を試験で確認すること、以上(ア)(イ)(ウ)の試験は、いずれも科学技術の進歩に貢献する試験である。副作用が発生することを確認することと、それが発生しないことを確認することは、試験としては同一の性質のものである。従って、特に医薬品の場合は、前述の予測可能性があっても試験の必要性は失われないということを考慮すれば、実際に製造した医薬品を人体に作用させても安全であったことを確認することも、科学技術の進歩に貢献する性質のものであることを否定できない。

以上を要するに、「試験又は研究」によって、(ア)後発医薬品の主成分については化学式として先発医薬品と同一性のある主成分を用いても、(イ)先発医薬品の製造方法とは異なる製造方法で後発医薬品を製造すること、(ウ)その製造には被告ら各社それぞれの技術が用いられていること、(エ)そしてそのように異なった製造方法で製造した後発医薬品が、実際に人体に作用させたとき、既に許認可を受けている先発医薬品と同等の人体への吸収がなされること、および右確認に用いた分析方法も独自に開発したものであること、異なった製造方法で製造したものでも、その際副作用が発生しなかったこと等を確認することは、科学技術の進歩に貢献する性質のものであって、「試験又は研究」に当たるというべきである。

例えば、ある賦形剤は、種々の主成分の製剤化に用いることが可能であることが知られていたとしても、その賦形剤をこれまでそれとの組合せが知られていない別の主成分と組合せて用いたときにも、同じように順調に製剤化できる筈だということは、一般論としても成り立たない。例えば、グレープフルーツは我々が日常でよく食する柑橘類で人体に安全で健康にも良い食品であることが広く知られているが、グレープフルーツジュースには薬の血中濃度を上げる物質が含まれており、ある種の医薬品を服用する際にこのジュースと飲み合わせをすると、水の場合よりその医薬品の血中濃度を著しく上昇させることが、ごく最近知られるようになった。そのようなことがあるからこそ、主成分自体については既に知られていて、副成分としては、各種の主成分に対する副成分として用いてもよいことが知られている成分を使用する場合であっても、安全性確認の観点から実際に人体に作用させて血中濃度を測定するなどの試験が要求されるのである。

さらに、副作用すなわち安全性の問題については次のとおりである。〈1〉まず右に述べたところと同様、副成分として用いてもよいことが知られている成分を使用する場合であっても、その主成分との組合せが有効であり、かつ、その場合に安全であることの双方が具体的に確認されていない限り、安全性の確認を欠かすことはできない。〈2〉化学物質としての主成分自体の安全性は、先発医薬品の試験によって一応確認されていても、これを医薬品として用いる場合には、原薬たる主成分の入手経路如何によってはなお問題がある場合もある。したがって、後発医薬品としても、入手した当該主成分を医薬品として用いる場合になお安全かどうかについて確認する必要がある。さらに、先発医薬品に要求される試験は後発医薬品のそれよりも厳格であるといっても、特定の条件の下に行えば足りるのであって、あらゆる条件について漏れなく試験する訳ではない。後発医薬品が行う生物学的同等性試験の過程で副作用の発生が確認されたならば、後発医薬品といえどもその副作用とそれがいかなる条件下で発生したかの情報を厚生省に報告することになっており、そのデータは当然その医薬品の使用にあたっての注意事項ないしは警告として利用されるものである。

(三) 以上のとおり、生物学的同等性試験は、医薬品の効果と安全性を確保する上で重要な意義のある試験であり、さらに前述の副成分の違いや医薬品の製造方法の違いも考慮すれば、科学技術の進歩の上でも意義のある試験であることは明らかである。

四  被告東和薬品の補充主張

1  控訴人は、後発医薬品の製造承認のための試験は、技術を次の段階に進歩せしめるといった科学技術の進歩に資するものではないと主張する。しかし、一九六八年にオーストラリアでフェニトインカプセルの賦形剤を硫酸カルシウムから乳糖に変更したことによって、フェニトインの吸収量が増大し、五一名の中毒が発生した例や、一九六八年に米国でパークデイビス社以外のクロラムフェニコール錠の血中濃度が低いことから、製品の回収が行われた例、また、英国ではジゴキシンの製剤間に投与後の血中濃度に違いが認められ、副作用発現に結びついたとの例などが報告されているのである。右のうち、たとえばフェニトインは、一九一六年に抗てんかん薬として使用されて以来、五二年後に賦形剤を変更するまで右のような中毒が生じることは全く知られていなかった。

わが国でも、製剤間にバイオアベイラビリティ(生物学的利用性:血中に取り込まれた薬物の量とその速度をいう)の異なる例が多数報告されている。特に〈1〉クロラムフェニコール糖衣錠、〈2〉メトロニダゾール糖衣錠、〈3〉チアミンジスルフイド糖衣錠については製剤によって防水皮膜の崩壊性(溶解性)に違いのあったことがバイオアベイラビリティの差の原因とされている。

右のように、製剤によってバイオアベイラビリティに差があることや中毒症状の発現は、有効成分とは別に医薬品に使用する医薬品添加物の種類・量の違い、製造方法の違い、その他(原末の結晶形など)によつて生じる。そして、先発品の製造方法や添加物は公開されていないから、後発品と言えども、その限りでは研究開発が必要となる。そうすることで、先発品とバイオアベイラビリティに差が生じたり、あるいは中毒や副作用が生じたりしないようにすることが可能となる。

そもそも、先発医薬品と有効成分・投与経路・効能効果・用法用量・剤形・含量が同じである後発医薬品について、生物学的同等性試験が要求されるのは、何らかの未知の要因や、有効成分及び賦形剤の原材料の出所・製法等の相違によって生物学的には同等でない場合があることから、医薬品としての有効性・安全性を確保するために、そのような場合であるか否かを明らかにする必要があることによるものである。

2  ドンペリドンに限らず市販製剤の大部分は特許出願後二〇年近くを経ているが、どの処方(医薬品添加物の種類と配合量)の場合に活性成分の吸収が増加するのか、あるいは減少するのかなどの生理作用をコントロールするための情報は皆無であり、後発医薬品の開発に当たっては、過去の知識、技術、経験をもとに、加える活性成分毎に処方検討及び製造方法の検討を繰り返して製剤を開発し、生物学的同等性試験で確認する以外に方法はない。

原告は、重要な構成成分とその分量が開示されていて、また、分析可能であると言うが、開示されているのは一部の指定成分にすぎないし、経口剤の場合、量の開示は必要とされていない。また、分析によつて添加物の含有量まで判明することはない。従って、後発医薬品の開発には、有効成分毎に、各種の医薬品添加物(賦形剤、結合剤、安定化剤、吸収促進剤、溶解補助剤、崩壊剤、滑沢剤、皮膜剤=コーティング剤等)の種類及び量、処方および製造方法(錠剤の場合は打鍵の前に処方物を造粒するが、押出造粒、流動造粒、転動造粒、破砕造粒、乾式造粒とかの多くの方法がある。活性成分の性質、処方および製造方法によっては割れたりして錠剤にならない場合もある)を数多く試行錯誤しながら検討しなければならない。そして、これらの検討の結果として錠剤の崩壊性、硬度等の最低具備すべき物性はもとより、安定性、均一性および先発医薬品との生物学的同等性が確保されることとなり、また、それらの技術開発、試験を通じて、知識、技術、経験が蓄積され、いっそうの技術の発展がはかられることになる。

このように、後発医薬品の製造承認申請のために、製剤の溶解性、吸収性、服用の便宜性などについて各種試験、開発を行うことは、先発医薬品の成分・効能と同等の製剤の型、用量、用法の製剤を得るためだけの技術上の知見にとどまらず、広く薬剤の規格や製剤化技術に関し、技術的・基礎的な知見をも得ることができ、これにより、将来にわたる製薬技術進歩の基礎となりうる各種知見や情報が得られるのである。この意味でも、後発医薬品の製造承認申請のために実施される各種試験は、広く科学技術の進展に寄与しているということができる。

特許法六九条一項は、新規発明や利用発明に直結する性格の技術研究でなく、また、直ちに製薬技術に関する新たな改良進歩が得られる場合でなくても、およそ研究行為であって一定の技術的進歩をもたらし得る行為に対しては特許権が及ばないことにして、技術の進歩、改善を阻害しないようにしているのである。

第四  当裁判所の判断

当裁判所も、被告らが薬事法の製造承認申請に必要な各種試験を行うために被告ら製剤を製造使用したことは、特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たり、従って、原告の本件請求は理由がないものと認定判断するが、その理由は、次に付加する他は、原判決事実及び理由中の「第四 争点1及び争点2に対する当裁判所の判断」(原判決七九頁三行目から同一〇五頁五行目まで)に記載のとおりであるからこれを引用する。

一  特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」の意義

1  特許法は、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」(一条)と定めて、「発明の保護」と「発明の利用」との調和を図りつつ、発明の奨励すなわち技術の進歩による産業の発達を目指すことを明らかにしている。そして、右の目的を達成するために出願制度を採用し、登録された特許権については、「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。」(六八条本文)と定めて、特許権の独占的効力を保護する一方、特許出願の内容については公開を義務付けることによって技術内容を一般に公表し(六四条)、それによって広く発明の利用を促して新たな特許発明の出現を期し、また、特許権の存続期間を一定期間に限ることによって(六七条)、発明の保護にも限界を設け、それ以後は発明の自由な活用を保障して産業の活発化や社会生活の便宜をも図っているものである。

右のように、「発明の保護」を図る一方で「発明の利用」との調和を図り、全体として社会の技術水準を向上させて産業の発展を期するためには、公開された特許発明の技術内容を第三者が自由に調査研究して、その技術内容を確認し利用可能性の有無・程度等を検討する機会を十分に保障しなければならない。特許法が「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。」(六九条一項)と定めているのも、そうした趣旨によるものと解される。

2  ところで、特定の特許発明に対する「試験又は研究」と目されるものの中にも様々な目的を有するものが考えられる。

(ア)当該特許発明を基礎として新たな技術の開発を目指し、あるいは当該特許発明の部分的改良を期すなどの積極的な応用を目的とする場合、(イ)特許権者から実施権の設定を受けるか否かを検討するため、あるいは将来存続期間満了後に自ら当該特許発明を実施するために、発明の技術内容を分析し確認しようとする場合、(ウ)そうした積極的な目的を持たず、単に発明の技術内容を理解し新たな知見を得ようとするに止まる場合、(エ)当該特許発明を迂回し特許権を侵害しないような技術を探索するという回避的な目的の場合、また、(オ)従来の技術と比較して特許発明がはたして新規性・進歩性等の特許要件を備えているか否かを追試験する場合、さらには、(カ)特許発明を故意に模倣して侵害品を製作し販売することを目的とする場合等である。

このように「試験又は研究」の中にも種々の態様があり得るのであるが、「試験又は研究」は、その目的の如何にかかわらず、少なくとも特許発明を検査分析してその技術内容を確認するという限度ではすべてに共通する面を有している。

「試験又は研究」が有する右のような共通の性格からすると、同項にいう「試験又は研究」とは、その結果が直ちに一定の成果として現われそれが直接技術の進展に寄与する場合に限らず、当該特許発明を多面的に検査分析することにより、当該発明の安定的利用に寄与し又は将来の技術の進展の基礎となるべき資料が得られるに止まって、いわば間接的に技術の進展に寄与するにすぎない場合をも含むものと解するのが相当である。

ところで、特許法六九条一項は、「試験又は研究のためにする特許発明の実施」とのみ規定して、「試験又は研究」の内容について何らの限定をも付していないから、右規定の文言からみると、前記のような態様の「試験又は研究」のためにする実施のすべてに特許権の効力が及ばないと解する余地もある。

しかしながら、特許法六九条一項が設けられた趣旨が、前記のように「発明の保護」と「発明の利用」とを調和させ全体として社会の技術水準を向上させて産業の発展を期することにある以上、前記態様の「試験又は研究」のすべてに特許権の効力が及ばないものと解するのは相当でなく、同項の「試験又は研究」とはあくまで広く技術の進展に資するもの、あるいはそれを目的とするものでなければならず、特許権の存続期間内に販売目的で特許発明を用いた製品を製造・備蓄する等、前記(カ)のような態様の行為はもはや右の「試験又は研究」には当たらないというべきである。

二  後発医薬品の製造承認申請のためにする被告ら製剤の製造と特許法六九条一項の「試験又は研究」

1  後発医薬品は、先発医薬品と同一の有効成分を同一量含む同一剤形の製剤で、先発医薬品と用法用量が同一の医薬品であるから、薬事法上、後発医薬品の製造承認申請に際して必要とされるのは、

(1) 後発医薬品の規格および試験方法に関する資料

(2) 後発医薬品の流通期間中における品質の安定性を短期間で推定する目的で実施される「加速試験」に係る資料

(3) 後発医薬品が先発医薬品と生物学的に同等であることを証明する目的で実施される「生物学的同等性試験」に係る資料

(4) 当該有効成分の毒性、薬理作用、吸収、分布、代謝、排泄及び臨床試験等、安全性と有効性に関する文献等のリスト等の資料

で足り、右のうち(4)の資料は、先発医薬品の製造承認申請のために実施した試験結果の文献等を利用して作成した資料を添付することで足りるとされているので、後発医薬品の製造承認のための試験としては、右(2)の加速試験と(3)の生物学的同等性試験の他に、(1)に関する確認試験、製剤試験のみが必要とされている(甲一四・一八の一ないし四・三九)。

2  右のように、後発医薬品の製造承認申請に当たっては、薬事法上要求される各種試験等は簡略化されているが、先発医薬品と同一の化学物質を用い同一の有効成分を同一量含む製剤であっても、原料の物理化学的性質の差や製造工程・添加物など製造方法の差によって、薬効成分や治療有効成分が吸収され作用部位で利用される速さや量(生物学的利用性、薬理学上「バイオアベイラビリティ」といわれる)が異なるため、製造メーカーや剤形が異なると治療効果に差異が生じることがあるとされている。とくに右のバイオアベイラビリティは剤形によって影響を受け易く、例えば、錠剤やカプセル剤のように薬物を吸収するのに崩壊・分散・溶解という過程を経ることが必要な医薬品では、有効成分の粒子径や結晶形の如何によって溶解速度が左右され、また、製剤化にあたって使用される結合剤・崩壊剤・滑沢剤・賦形剤あるいはコーティング剤等によっても溶解速度が左右されることが指摘されている。

したがって、先発医薬品と同等の後発医薬品を製造するには、先発医薬品と同一の化学物質を同一の製造法・精製法で製造して同一の粒子径や結晶形を実現しなければならず、製剤化にあたっても、賦形剤・安定化剤・崩壊剤・滑沢剤・コーティング剤等の複数の物質のうちから適正なものを選定して使用しなければならない。

しかるに、後発医薬品の製造に当たって参酌すべき先発医薬品に関する情報は、特許明細書の記載から、化学物質の特定・同定資料・一般的製造法・有用性(用途)等、製剤の有効成分の特定・薬理効果等(薬理試験・投与量・投与方法等)・毒性等を知ることはできるものの、それ以上には必ずしも十分な情報が開示されているわけではない。

とくに、先発医薬品の有効成分である化学物質の詳細な製造法は製造承認申請書には記載されるが、右申請書が開示されることはないため、後発医薬品を製造する際には同一組成の化学物質を製造するため後発医薬品メーカーの側で独自にその製造法・精製法を設定しなければならず、また、製剤化に関しても、先発医薬品の製剤化において前記の賦形剤等の各物質のうちいかなる銘柄・種類・品等のものが使用されたかを知ることは必ずしも容易ではないため、後発医薬品メーカーの側で独自に薬効・副作用・安全性を確認して製剤化に用いる物質を選定しその成分割合を設定しなければならない。

(甲四三、乙一三・一四・五二・七〇、弁論の全趣旨)。

3  このように、後発医薬品の規格や製剤化に関する製造基準(有効成分毎の添加物の種類や量、処方や製造方法等)、その試験方法は、被告らが被告ら製剤の溶解性・吸収性・服用の便宜性についての各種の試験研究を踏まえてそれぞれに実現しているものと認められ、その過程で後発医薬品の各成分・効能に相応しい剤形、用量、用法に関する様々な技術上の知見を得ることができるのであるから、後発医薬品の製造承認申請のためにする各種試験等は、それが新規発明や利用発明に直結する性格の技術研究ではなく、直ちに製薬技術に関する新たな改良進歩が得られるものではないとしても、薬剤の規格や製剤化技術等製薬に関する幅広い技術的・基礎的検討を経て、それが蓄積されることにより、将来にわたる製薬技術進歩の基礎となりうる各種知見や情報が得られるものであって、その点において、広く科学技術の進展に寄与しているものというべきである。

4  そして、被告らが本件特許権の存続期間満了前に被告ら製剤を販売する目的でその製造を行ったものでないことは、原判決「第二 事案の概要」の基礎となる事実(原判決九頁七行目から同一四頁二行目まで)及び弁論の全趣旨から明らかである。

してみると、本件において、本件特許権の存続期間満了後に後発医薬品の製造販売を行う目的で、右存続期間満了前に後発医薬品たる被告ら製剤につき薬事法所定の各種試験を行うことは、特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たるものと認めるのが相当である。

従って、被告らが被告ら製剤につき右試験を行ったことが本件特許権を侵害したものということはできない。

三  本件特許権の存続期間満了後の妨害排除請求及び当審追加の損害賠償請求

原告のこの点に関する主張は、被告らが本件特許権の存続期間中に被告ら製剤につき薬事法上の製造承認のために各種試験を行ったことが特許権の侵害に当たることを前提とするものであるが、右前提を採用できないことは前記一・二で認定判断したとおりであるから、右主張はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

なお、原告は、後発医薬品につき薬事法の製造承認を受けて薬価基準に収載されるまでの審査期間は現在通常二七ヶ月を下らないとして、その間は、存続期間満了後であっても本件特許権につき原告が独占的利益を確保できる法的地位にあると主張するが、右の期間は、国民の生命・健康を安全に維持するために、厚生大臣が限られた人的・物的施設の下で後発医薬品の安全性を審査するために必要な期間として行政上設けたものにすぎず、人的・物的施設の拡充や政策的な判断の如何によってその審査期間の長短は左右されるのであるから、そのような行政上の目的に従って裁量により定められた期間を直ちに特許権者に保障された法的な利益の保護期間とすることはできないことはいうまでもない。

第四  以上の次第で、控訴人の本件請求は、その余について判断するまでもなく理由がなく棄却すべきであるから、これと同旨の原判決は相当であって本件控訴は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成一〇年一一月二〇日)

(裁判長裁判官 小林茂雄 裁判官 小原卓雄 裁判官 山田陽三)

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